実家の母のところへ来ている。
帰省した当日は、いつも慌ただしい。
到着してまずやることは、床掃除だ。
私は潔癖症とはほど遠いけれど、自分のいる空間はそれなりに綺麗にしたい。
「私がやらなきゃ、誰がやる」という使命感もある。
2週間分の汚れはそれなりに溜まっていて、玄関からリビングへ続く階段には、綿埃や砂つぶ、髪の毛が落ちていて、歩くたびにスリッパの裏に意識がいってしまう。
「髪の毛」というのは、身体から離れたとたん、ものすごく不快なものになる。
洗面台に1本落ちていても、素手で触るのもためらうくらい嫌悪感がわき起こる。
「不要なもの=汚い物」と無意識に認識しているせいもあるだろうけど、抜け落ちた髪の毛は「人体の一部」とか「人の抜け殻」を感じさせるので気持ち悪い。
ホラー映画によくある、髪の毛がからまって落ちているシーンにゾッとするけれど、その感覚だ。
(水に濡れていたりすると、なぜか余計に怖い)
自分や家族のものだと分かっていてもそうなのだから、公共の場で見かける「それ」は「見知らぬ誰か」の影を感じさせるようで、さらに得体の知れない気持ち悪いものになる。
そんなわけで、まずフローリングワイパーで床掃除をした。
シートにそれなりに汚れが溜まっているのを確認すると、妙に安心する。
スポンサーリンク
来るなりバタバタする私に、母は落ち着かない。
忙しいのね
早く座ったら?
まだ、だいぶかかるの?
その度に、「もうちょっと」「もう終わる」と答えていたけれど、私がリビングを出入りする度に何度も何度も同じことを言う。
こちらとしても、気になるから、やりたいからやっているのであって、途中で手は止められない。
同じ言葉を繰り返されて、答える声にもイライラが滲んでくる。
2週間ぶりの帰省だし、ゆっくりそばに欲しいのだろう、思っていたけれど、どうもそれだけでもないみたい。
そんなに汚れてた?ごめんね、お母さんが何もしないから……
なるほど、母なりに「自分が掃除をしていない」ことを気にしていて、私が帰るなりあちこち掃除をするので、居たたまれないような、申し訳ないような気持ちになっていたらしい。
そう思ったら、少しイライラが小さくなった。
翌日は、夕方に訪問リハビリがあった。
夜ごはんの後、テレビを観ながら母と会話。
その場限りの話をしている時は、問題なくスムーズにコミュニケーションがとれる。
今日、誰か来たよね?誰だっけ?
リハビリの先生。部屋でマッサージしてもらったでしょ?
??初めて来た人?
ううん、もう半年前から同じ人……
そこから、急に会話が噛み合わなくなった。
母は実際に顔を合わせれば「知っている人」であることを思い出すのだが、後からその人の顔を思い出すことはできない。
母の頭の中では、毎日来てくれているヘルパーさんとも混同してしまっているようだ。
あげくに「どこを通してきた人?」などど質問する。
理解してくれるのならどんなに長くなろうと説明するが、すぐに忘れてしまうであろう母に、一から説明するパワーは私にはなかった。
もう、〇〇さんがチグハグなことを言うから……
反論も説明もできなくて、黙ってしまった。
母は「なんか、お母さんおかしい」とはよく言うけれど、一体どこまで自分の認知症を理解しているのだろう……