先週は実家に帰省していました。
滞在した帰り、新幹線に乗り継ぐためホームにいると、母から着信が。
母からの電話には、毎回ビクッとしてしまいます。
「認知症の親が、何度も電話をかけてきて困る」という話をよく聞くのですが、今のところ母にそういう行動はありません。
電話は大体決まった時間に私からかけるので、予期せぬ時間に母から電話がかかることに慣れていなくて、驚いてしまうのです。
特に母が認知症になってからは、単なる用事の電話ではないと分かっているので「一体何だろう?」と怯えるような、訝るような気持ちになります。
母の電話の内容は「〇〇さん、今日は帰ってこないの?」でした。
つい数時間前まで一緒にいたのに、もう忘れてしまったようです。
「ガッカリ」と「やっぱり」が同時にやってきます。
そういう時のために、次の帰省の予定を書いた紙をリビングに貼っています。
母に聞かれた時は、一緒にその文面を読み上げ、次の帰省までの日数を確認します。
私からすると、往復10時間、3万弱の交通費がかかる帰省を、2~3週間ごとに繰り返すのは、なかなかしんどいことです。
でも母は、私と一緒に過ごした記憶もなくしてしまうので、帰ったその日から「〇〇さん、ここに来てくれたらいいのに」になってしまいます。
ビデオ電話で「先週ずっと一緒にいたんだよ」と言っても「え~??……覚えてない」と首を振る母。
スポンサーリンク
母の中では、私にずっと会えていないことになっているのかなと思うと、なんとも切ない気持ちになります。
正直、「私が帰った意味あるのかな?」と思ってしまったりも。
でも、たとえ母の中で私との一週間が「無」になっていたとしても、私が帰省することに意味がないわけではないよね、と思います。
料理や洗濯、入浴などのフォローはもちろんだけど、「一緒に過ごす」ということに意味があるはず。
母はその場限りの会話なら成立するし、コミュニケーションもとれます。
一緒にテレビをみて楽しむこともできるし、夜の散歩に出て「今日の月」を鑑賞することもできる。
2人の間には会話や触れ合いもあって、その時の母にはちゃんと感情がある。
後になって母が覚えていなくても、その事実が無くなるわけではない。
そういう時間の積み重ねの上に母も私も存在しているのだから、「意味がない」なんてことは1つもないんだと思います。
……そう信じないと、認知症の母を受け止めきれないという気持ちもありますが。
現実として「意味があってもなくても」母に私のフォローが必要なのは事実だし。
これからも、こうして遠距離介護を続けていくしかありません。