シン・母 遠距離介護日記+

遠方にいる認知症の母の備忘録を中心に、日常のあれやこれやを書いています。

認知症 要介護4の母の一日

要介護4になった母の一日の過ごし方。

自分から動くことはほぼなく、一日を通して声かけでの指示や介助が必要になっているため、私が帰っている日以外は、定期巡回型の訪問介護サービスを利用している。

 

朝8時半~9時頃に定期巡回のスタッフさんが訪問。

起床し、トイレ、必要なら着がえをすませて、軽食、水分補給、服薬。

体調や痛みのせいなのか、声かけや指示に拒否反応を見せたり表情が険しかったりすることもあるが、たいていは素直に従ってくれる。

午前中は身体を休めるため再びベッドに横になり、スタッフさんは退出。

見守りカメラで母の様子を確認すると、テレビを観ている様子はなく、たいてい眠っている。

たまに介助なしで起き上がってベッドに腰かけていることがあるが、以前のように1人でトイレに行ったり着がえをしようとすることはなく、ただじっとテレビを見つめている。

 

11時~11時半頃、スタッフさん2回目の訪問。

再びベットから起こし、トイレをすませリビングへ。

母は歩行もおぼつかなくなっていて、家の中は手すりをつかってどうにか移動。

帰省時の散歩も、転倒のリスクのほうが大きくなってしまい行けなくなった。

筋力の問題もあるだろうが、認知症の影響なのか、歩くことへの恐怖心が増しているように思う。

腰をかがめて顔を床に向け、すり足でタタタッ、、、と小走り気味に移動するので怖い。

歩幅が小さいのと不自然に前かがみになっているから、自然にタタタッ、、、となってしまうのだろう。

顔を上げて前をみるように言うのだが、腰の痛みがあって伸ばせないらしい。

歯磨き、洗顔をすませ、昼食の準備後、スタッフさん退出。

 

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食事は母1人でとっている。

以前は宅配のお弁当を用意していたが、ある時期から、いわゆる幕の内というか、いろんなおかずが詰め合わせになっているものが食べられなくなった。

箸は今でも使えているが、おかずを選んで口に入れる、という工程が難しくなったらしい。

多分、お皿の中の「それ」が「食べるもの」「食べていいもの」という認識が薄れているようだ。

母が好んで食べていたおかずでも、お皿の端に綺麗によけてある。

一緒にいる時はいいのだが、ビデオ通話だとお弁当の中身が見えないので、的確な声かけができない。

スタッフさんと相談して、大皿にご飯とレトルトのカレーやシチューやらを入れて、スプーン一本で食べるというスタイルに変更した。

これなら「お皿をみて。スプーン持って。お皿の中のご飯すくって。口に入れて」とだけ声かけすれば食べてもらえる。

今はレンジ調理可能なレトルト食品が豊富なので、中華丼やら豚汁やら、母の食の進み具合を確認しながら注文している。

この方法でお弁当の時よりもスムーズに食べてもらえるようになったが、最近はそう多くない量のご飯を残すことも多い。

ひと口食べるとスプーンを置き、テレビをぼんやり観ながら長い時間咀嚼していたり、お皿の中のご飯をスプーンで整える動作をずっと行っていたりする。

そのうち食事自体を忘れてしまうらしく、1時間経ってカメラをみると、お皿の中のご飯が全然減っていなかったりする。

一旦テレビを切ってご飯に集中させ、頃合いをみてテレビを入れる、という策を試したこともあるが、真っ暗な画面をじっと見つめている母の様子(多分テレビがつくのを待っている)をカメラ越しに見ていたら、なんだかかわいそうになってしまった。

テレビを消したからといって食が進むわけでもなさそうだったので、結局テレビはつけたままにし、こまめに電話で声かけするようにしている。

足りない栄養素を補うために、ハイカロリーのメイバランスを日に1~2本。

幸い、いまのところ大きな体調変化もないようだ。

日中はテレビを観ながら、時々ウトウトしながら、過ごしている。

 

夕方、スタッフさん3回目の訪問。

トイレをすませ、母はリビングから寝室に移動。

スタッフさん退出後、夕食はベッドの横にあるテーブルでとってもらう。

昼食と同じように、カメラで確認しつつ声かけしながらの食事。

20時~20時半頃、母を就寝させるためビデオ電話をかける。

テーブルに座った状態から立ち上がってもらい、横にあるベッドに移動して座らせ、

片足づつベッドにのせてもらい、身体を後ろに倒してもらう。

「ベッドに移動して寝る」ための動作を一つ一つ声かけする必要があるので、スムーズに進んで10~15分くらいだろうか。

なかなか椅子から立ち上がれないこともあるし、私の声かけと母の理解にズレがあったりして母も混乱してしまい、動作が止まってしまうこともある。

今はどうにか私の声かけで就寝できているが、それも難しくなった時は夜の就寝介助をお願いできるようケアマネさんやスタッフさんに相談している。

母は一旦ベッドに横になれば朝までしっかり眠ってくれるので、そこは本当にありがたい。

母の眠りにつく姿を確認して、ようやく私も安堵し自分のことに集中できる。

 

こんな風に母の認知症は進んでしまったものの、母の状態は安定し、落ち着いて過ごせている。

認知症発症の頃は本当に不安で、これから起こるであろうことを想像して怖かったが、いろんな人の手を借りながらこうして遠距離介護を続けている。

先のことはもちろんわからないが、5年前の自分に「とりあえず何とかなってるから。大丈夫だから」と言ってやりたい。

認知症の母、要介護4になる

母が要介護3から4に変更になった。

足が悪いという身体的なこともあるが、認知症の進行に従ってほぼ全介助に近い状態になってきたことが大きい。

私の帰省に合わせてケアプラン会議があり、介護方法の見直しや今後の方針を話し合った。

ケアマネさん、訪問介護と看護のスタッフさん、福祉用具の担当者さん、、、

これまでにも施設という選択肢はあったけれど、非常に繊細で人に対して心を開かない母を昔から見てきたので、人の輪の中で過ごす姿をどうしても想像することができなかった。

認知症が進んでも特に問題行動もなく、毎日リビングで穏やかな顔でテレビを観ている母の姿をみると、在宅を選んだことは間違っていなかったと思っている。

日々の大半を1人で過ごしている母を、在宅でどうやってフォローしていくのか。

できることと、できないこと、ルーティンの変更。

一番大切なこと、私自身がどのように母の看取りを考えているのか、を自分でも整理しながら皆さんに伝え、共有する。

お仕事とはいえ、家族だけでは支えきれない認知症介護をこうして日々助けてもらっている。

母だけでなく、家族の人生も支えてもらっているといっても言い過ぎではないと思う。

 

朝、母を起こしに寝室にむかう。

驚かせないように、「娘の〇〇だよー。朝だよ。おはよう」と名乗りながら寝室に入ると、母はまだぐっすりと眠っていた。

何度か声をかけるとようやく目を開け、 私の顔を確認するように真顔で眺めたので「娘の〇〇だよ」と言うと、「あぁー!」とため息のような声を上げて 大きな笑顔で喜んでくれた。

 

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長い間会えなかった相手に再会できた時のような、思わず見とれてしまうくらいに素敵な笑顔だった。

あまりにいい笑顔を見せてくれたので「なんかいい夢でもみた?」 と聞くと、しばらく視線をさまよわせていたが、あれがああして、こっちのほうではこんな感じで、、、そうしたらこんな風になったでしょ、、、と私に手振りを交えながら機嫌よく教えてくれた。

固有名詞がひとつも出てこないのでさっぱり理解はできなかったが、母は普通におしゃべりをしていたんだと思う。

私も「うん、うん」とうなづきながら母のおしゃべりを聞いた。

ずっと以前、まだ母が元気だった頃、私が帰省する度に枕を並べて寝た。

早朝、先に目が覚めた母は、私がまだ眠っているにもかかわらず話しかけた。

普段そばにいない娘と一緒にいることが嬉しかったんだろう。

「まだ眠い」と不機嫌な声を出しながらも、少しづつ覚醒する中、布団にくるまったまま小声でボソボソとする母との会話が楽しかった。

母のおしゃべりで、あの頃を思い出した。

まだ横になっている母の髪や顔をなでながら、母への愛情が溢れそうになって泣きそうだった。

認知症になって、いずれは私が誰なのかわからなくなってしまうことは早くから覚悟していた。

でもこの日の朝、まだ母が私を娘だとわかっていることが実感できた。

母からの愛情が伝わり、私は幸せな娘なんだと思えた。

母が愛しくて、切なかった。

この笑顔が見られなくなるのは、もうそんなに先のことじゃない。

それが分かっているから、私に向けてくれる母の笑顔が、こんなに綺麗に愛しく感じるんだと思う。

この日の母の笑顔を、私はこれからも忘れないと思う。

母はまだ亡くなったわけじゃないよと笑ってしまうのだが、思い出す度になんだかいろんな感情が入り混じって、涙が止まらない。

母が認知症になってもうすぐ5年

母に認知症の症状が出始めてから、もうすぐ5年になる。

ここに来るまでにいろんなことがあったから、ついこの間のような気もするし、ものすごく長い時間が経ったような気もする。

認知症が発症してからの余命は平均10年、と何かで読んだことがあるが、本当にそうだとしたら半分の時期まで来てしまったことになる。

70代~80代で発症する人が多いとして、普通に考えて10年くらいで寿命が来るということなのかもしれないが、最近の母をみていると、それだけではないだろうなと思う。

今の母は、自我というものはすっかり影をひそめて、自分から何かを要求することがない。

何かにつかまりながら歩くことはできるが、いったん席についたらテレビの画面をじっと見つめて一日を過ごす。

簡単な声かけに返事はするし、自ら言葉を発することもあるが、会話というにはほど遠い。

新しいことから昔のこと、兄弟姉妹、亡くなった自分の夫や愛犬のこともあまり覚えていないようだ。

かろうじて私のことは認識しているようで、帰れば嬉しそうにしてくれるし名前も呼んでくれるのだが、「娘だよ、お母さんが生んだんだよ」と言っても分からないようだ。

温度管理も排泄も食事も1人ではできない状態になっているから、ほうっておいたら生きていくことはできないだろう。

なんというか生きる上での活力みたいなものがもう感じられない。

食事量も、少しづつ減ってきている。

花が萎れて枯れていくように母も自然にそこに向かっているのだとしたら、できるだけ無理をさせずに最後までフォローしたいというのが私の希望だ。

 

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私の気持ちも5年前に比べたらずいぶんと落ち着き、我ながら達観したというか、諦念というか、「あとはなるようにしかならない」と思うようになった。

不安や悩みがない、ということではない。

認知症が進むにつれ、それまでできていたことができなくなるわけだから、ほぼ独居の母の生活ではさまざまな問題がわき起こる。(本当に『湧く』という表現がぴったりだ。)

半年単位で変化していたものが3ヶ月になり、1ヶ月になり、最近は私が不在の2週間の間に新たな困りごとが発生してくる。

例えば、急に朝ベットから起き上がれなくなるとか、逆に就寝時に1人でベッドに横になれない、布団がかけられない等々。

誰かがそばにいる環境ならいいのだが、母にとっては大変な困りごとになる。

その度に右往左往し対処法に悩み、ケアマネージャーさんや訪問介護さんに助けてもらいながら、何とかやってこれた感じ。

 

でも認知症が進んで辛いことばかりかと言えば、そうでもない。

元々生真面目で几帳面、人に気を遣う母は、認知症になっても本質的には変わっていない。

掃除はできないが部屋は散らかさないし、脱いだスリッパもきちんとそろえる。

入浴やトイレの声かけに一旦嫌がるそぶりは見せても、お願いすれば最終的には応じてくれる。

こちらが笑顔で接すれば笑顔を見せてくれる、穏やかな可愛いおばあちゃんだ。

認知症によくみられる徘徊、暴言、暴力といった問題行動がないことが、本人にとっても介護する者にとっても幸いなことだと思っている。

若い頃は神経質でネガティブな発言が多かった母だが、いろんな悲しい記憶はどこかに消え去ったのか、過去を思い出して泣くことも、将来を不安がることもない。

現れては去っていく娘(私)に対しても、毎回母を残して後ろ髪を引かれるような気持ちになるのは私のほうだけで、目の前から私の姿が消えた瞬間に、もう存在すら忘れている。
母には「今」しかないのだ。

すでに精神が俗世から解き放たれていて淡々としているというか、もう私達の知るよしのない別の世界を生きているという感じ。

それが不憫なのか幸せなのかは分からないが、母が辛そうでなければそれでいいかなと思っている。

認知症の母が朝起き上がれない~電動ベッドを入れました

3か月ぶりの更新。

母の寝室に電動ベッドを入れた。

 

「いつまで真夏が続く??」と思われた秋の始めから急激に気温が下がり、母の様子にも変化があった。

誰しも体調を崩しがちな時期だけど、認知症になってからの母には、それはとても顕著に表れる。

起床後に、自力でベッドから起き上がれなくなった。

ベッド横にある手すりに手を伸ばしてはみるもののすぐに手をパタリと落とし、仰向けになったまま「お母さん、できない」と言う。

誰かに身体を起こしてもらってベットに座る、という日が増えた。

(ゆっくりだが歩くことはできる。)

 

ついこの間まで、ビデオ電話で「おはよう。起きてリビングに行こうか」の声かけをすれば、横向きになって両手で手すりを掴み、両脚をベッドから下ろして座り姿勢をとることができた。

時間がかかりながらも私の声かけを理解し、立ち上がり、スマホを持ち、会話しながらリビングまで歩いていくことができたし、気がついた時にはすでに起き上がり、ベッドに座っている日もあった。

ここ数年同じような朝を繰り返してきたので、「今までできていたことが、急にできなくなる」という状況に不安が押し寄せる。

母は自分の状態を言葉で説明することができないので、最初は原因がよくわからなかった。

『どこか痛むのか?』

『筋力が落ちたのか?』

認知症が進んで、動作がうまくできなくなっているのか?』

『寒くなって目覚めが悪くなっているのか?』

 

「お母さん、できない」の言葉から考えをめぐらせているうちに、モヤモヤした不安がはっきりとした形になって押し寄せてくる。

『このまま寝たきりになったらどうしよう』

 

そんな日が続いたが、どうやら起床時の腰の痛みが強いことがわかった。

確かに介助されて身体を起こす際に「痛い!」と言っていたのだが、母は元々股関節に痛みを抱えていること、一旦起き上がってしまえば訴えがなくなることから、具体的にどこの箇所が痛むのか把握できなかったのだ。

 

月1で訪問してくれる看護師さんに相談したところ、痛み止めの薬の提案があった。

痛み止めと聞いて、また不安がわき起こる。

以前、母が股関節痛に悩んだ時に整形からもらった薬(リリカ)を服用したら、日常生活もままならないくらいの眠気と食欲減退があった。

虚ろな目をしたやつれた母の姿が、私の中で軽くトラウマになっているのだ。

そんな事情を伝えると、確かにリリカは強い薬で合わない人には副反応も強く出ること、日常的な痛みの場合にはカロナールを使う利用者さんが多いということを教えてもらった。

カロナールは発熱時の解熱剤として購入したことがあったが、痛み止めとして使えるとは知らなかった。

自宅に戻り、電話で母のかかりつけの先生に相談してみたところ、現在の薬との飲み合わせは問題ないが、圧迫骨折の疑いもあるので早めに整形に診てもらったほうがいいですね、というお返事。

日頃から足の痛みを抱える母に対して「痛いのはかわいそうだけど、もうしょうがないよね」という諦めに似た気持ちを持ってしまっていたが、それは自分が痛くないから思えることだ。

本人にとったらどれほど辛いかということに、つい鈍感になっていた。

戻ったばかりで次の帰省日まで日数があったが、圧迫骨折かも、と聞いてしまったら放置はできない。

急きょ帰省し整形に連れていき、レントゲン、10日後にMRIと撮ったところ圧迫骨折の所見はなくひとまず安心したが、「転倒とかありましたか?」と聞かれてもそのような様子もなかったし(母は転倒したら1人では起きられないのでわかるはず)、結局はっきりとした原因は今もわからない。


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腰の痛い母をベッドから起こすのは、本当に難しい。

スタッフさんはうまく起こしてくれるがそれでも母は痛がるし、兄に頼むとなるとやはりパワーと勢いで起こそうとするので、母の痛がる声もいつもの倍くらいになる。

母も力を抜いてくれればいいのだが、痛みと痛むのが怖いという気持ちの両方からか身体を硬直させてしまうので、ますます起こすことが難しくなる。

 

そんな状況について訪問介護のスタッフさんやケアマネさんと話し合った結果、電動ベッドを入れましょう、ということになった。

物持ちのいい母はパイプベッドを数十年使用していて、ギシギシ音も鳴るし、これまでにもベッドを新調したほうがいいのでは、と思うことはあった。

なんとなく後回しになっていたが、今後のことを考えても電動ベッドの導入にはいいタイミングだ。

搬入は次の帰省の時になるかな、それまでは母に頑張ってもらって、、、と思っていたら、びっくりするような早さで手配をしてくれ、導入を決めた翌日にはケアマネさんと福祉用具の会社の担当さんがやってきて古いベットを運び出し、電動ベッドを設置してくれた。

介護保険を使ったレンタルなので、母に合わなければ他のベットに交換してもらうことも可能だ。

背もたれが起こせ、高さも調整できるので、起床介助時の母の身体にかかる負担はもちろん、介助する側の負担も全然違う。

兄に背もたれを起こしてもらいながら、私が電話で母に声かけして自分で手すりを使って動いてもらうという合わせ技で、以前より痛みの訴えも少なく、楽に起き上がれるようになった。

 

電動ベッドを入れてから、ひと月ほど。

腰にかかる負担が減ってきたのか、飲み始めたカロナールが効いてきたのか、単に時間が経ったせいなのかわからないが、母の腰の痛みも少しづつ和らいできた様子で、起床時の動きがスムーズになってきた。

つくづく、環境を整えることの大切さを感じる。

母のように状態が変化してできないことが増えても、それを補う「何か」を取り入れることで、今までと同じように家で過ごすことができる。

現状を把握して、考え、自分達で解決できないことは相談し、とりあえず試してみる。

うまくいけば当面はOK、落ち着いた頃にまた次の困りごとが起こって状況が変わる、その繰り返し。

どこまで通用するかわからないが、母がいる限り、模索していくしかないなと思う。

助けてくれるケアマネさんやスタッフさんには、本当に感謝しかない。

母の、半世紀前の雑記帳をみつける

帰省中、母の部屋で、私の幼少期について書かれた雑記帳を数冊みつけた。

母子手帳や、幼稚園の先生との連絡帳なんかもあった。

表紙は長年の湿気にさらされシワっぽく波打ったような面になっていて、ゴワゴワと厚ぼったい感触になっている。

中の紙もザラザラと黄ばんでいて、半世紀という年月の長さを感じさせた。

母はこういう雑記帳を何冊も持っていて、日々のことから趣味に関すること、家計簿的なことまで几帳面に書き記していたが、ネガティブな心の内なんかもよく文章にして吐き出していたようで、「お母さんが死んだら、このノートは絶対に人に見られないようにすぐに処分してね」と、よく私に言っていた。

けれど、今回発見したノートは初めて目にするものだった。

数年前に母が入院した際に寝室の整理をしたことがあったが、なぜかその時には気がつかなかった。

読み進めながらパラパラとめくっていたら、印刷された文章の切り抜きが貼り付けてあるページを見つけた。

雑誌の切り抜きかなと思ったが、執筆者は母になっている。

どうやら、保育園の会報誌か何かに載せたものらしかった。

生後二十日も経たずにかぜをひき、ミルクも受けつけずに泣いてばかりいた赤ちゃん。後にはもう泣く力もないかのように息づかいだけが苦しげに眠っていた赤ちゃん。早く元気で保育園に通うような歳になって欲しい。早く元気で大きくなって欲しい。そればかりが思われてなりませんでした。

そのかぜも大事にいたらずすくすくと成長し、毎日元気に保育園に通う子を見るにつけ、あの時心の中で祈り続けた事は忘れられない思い出です。

まだ若い母が自分を想って書いた文章なのだと思うと、やはり感慨深い、しみじみとした気持ちになる。

なによりも、半世紀経ち、小さくて無力だった自分が中年になり、今はもう何も分からなくなってしまった母をお風呂に入れたり、着がえをさせたりしている。

つくづく、時が経ったんだな、と思う。

 

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『お母さん、大丈夫。保育園どころか、私50をとうに過ぎたよ。おかげさまで元気だし、離れてる時も多いけど、こうやってお母さんと一緒にいるよ。お母さんが忘れてしまったこと、私がちゃんと覚えてるよ』

半世紀前の母に、心の中でそう伝えた。

 

認知症になる前に、一緒にこの雑記帳を読みたかったな。

母はまだいるけど、でも寂しいと思ってしまう時がある。

普通の、ごく普通の会話がしたい。

以前のように、なんでもないことでおしゃべりしたい。

母が認知症になって遠距離介護が始まって、いつか母を看取る時にはどこかホッとした気持ちになるだろうと想像はしているけれど、やっぱり喪失感もすごいのだろう。

なんだか、日々感じる介護のモヤモヤとか不安とかをじんわりと溶かすような、温かいような、寂しいような、切ないような、そんな半世紀前の母の雑記帳だった。

認知症の母、入浴サービスの利用を開始

この春から、訪問入浴サービスを利用している。

母が自分でお風呂に入らなくなってから、5年程経つ。

他人に裸をみせたり身体を触られることにかなりの拒否反応があって(当たり前の感情ではあるが)、ずっと私以外に母を入浴させることができなかった。

ここ最近の認知症の進行と介護度が上がったことで「今ならいけるかも」ということになり、無事にサービスを利用できるまでになったのだ。

 

入浴というのは、確かに手間のかかる行為だ。

着がえとタオルを用意し、服を脱ぎ、お湯につかり、身体と髪を洗い(それぞれ洗剤も違う)、身体を拭いて、服を着て、髪の毛を乾かす。

脱いだ物は、洗濯できるように区分けしておく必要もある。

「お風呂が毎日の癒しなんです」という人もいるが、私はそのようなタイプではないので入る前は億劫に感じるし、なにより疲れる。

習慣だし、入らなければそれ相応に汚れが溜まって気持ち悪いし、入った後は必ずサッパリとした気分になることも承知しているので、「よし、入るか」と軽い気合を入れながら脱衣所に向かっている。

健常な私ですらそうなのだから、母が入浴しなくなったのは自然な流れだと思う。

 

認知症が初期の頃は、母を入浴させるのは本当に手間のかかることだった。

服を脱がせて風呂場に入ってしまえばこっちのものなのだが、それまでの抵抗が本当に強かった。

「お母さんは入らない!」と身を固くして服を脱がせまいとする母にイライラして怒ったこともあったし、母のためだからと思いつつも無理強いすることは、こちらも辛かった。

お風呂にずっと入らなければ誰だって「汚く」「臭く」なっていくのは当たり前で、でも「汚い、臭い」の言葉を母に投げかければ、認知症の母でもそこは理解してショックを受けることもわかっていたので、そこだけは我慢した。

そんなことをしたらますます意固地になるだけだし、こちらも自己嫌悪になる。

もう毎回が真剣勝負だったが、サッパリと綺麗になった母が笑顔で風呂上がりのジュースを飲むのを眺めていると、「今回も無事に帰ってこられて良かった!」と心から安堵した。

そんなこんなで、帰省中のノルマの中でかなりの比重を占めるのが「母の入浴」だったのだ。

 

私は2週間おきにしか帰れないので、母もその間は身体を洗えない。

高齢で身体も乾いているからまだどうにかなっていたが、私だったら脂でギトギトになり臭いも強くなっていると思う。

それでも久しぶりの洗髪ではシャンプーがなかなか泡立たなかったし、綺麗に洗った後も抜け毛やフケがひどく、滞在中に3回ほど入浴して、ようやく落ち着くといった感じだった。

「もし体調でも崩して、次の予定日に帰れなかったらどうしよう」という切迫感が常にあった。

でも、状況はよくも悪くも変わっていくものだ。

母の認知症が進み、自分が何をされるのかよく理解できなくなってきたのか、「嫌だ」という感情すらすぐに忘れてしまうようになったのか、拒否反応が小さくなり、ずいぶんと扱いやすくなった。

 

訪問介護のスタッフさんからの「入浴サービス、トライしてみませんか」という言葉に最初は半信半疑だったが、今では本当にありがたい提案をしてもらったと感謝している。

あらかじめスタッフさんには、母の攻略法というか、すんなりお風呂場まで連れていく方法を伝えておいた。

「お風呂に入ろうか」と直球で誘っても「私はいいから」となるので、「ちょっと一緒に来てね」と脱衣所まで連れていき、そのまま黙って服を脱がせてしまうのだ。

母は「え?どうするの?」と戸惑いを見せるが、「大丈夫」「すぐに終わるよ」とか優しく声かけしながら、お風呂場に誘導するのだ。

笑顔で安心させ、努めてなんでもないことのように、自然にふるまうのがコツだ。

すると母も自然に「どこにつかまればいいの?」とか「座っていいの?」とか素直に応じてくれる。

帰省中はこれまでどおり私が入れているが、これまでのように「何がなんでも母をお風呂に入れないと!」という負担がなくなり、ずいぶん気持ちが軽くなった。

 

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うちは遠距離介護なので早い段階で介護サービスのお世話になることになったが、介護というのは家族だけでやるには限界があると思う。

ニュースで介護問題での事件が扱われる度に、本当に他人事じゃない気持ちになる。

今こうして外の世界とつながりながら母の介護ができていて、私は恵まれていると思う。

認知症の母には体調管理と気遣いがとても大事

暑い。

まだ午前中だというのに室温計は29度を超えていて、窓を開けても生ぬるい空気しか入ってこない。

これがもし実家で母が一緒にいるのならすぐにもエアコンを入れるけど、なんか1人でエアコンを使用するのはモッタイナイような気がしてしまう。

できればエアコンは午後からにしたいけれど、何をするにも身体がだるいし頭も働かない。

今この瞬間も「暑い」の2文字が2秒ごとくらいに頭に浮かんできて、なんとも効率が悪いので、もう観念してエアコンのスイッチを入れた。

なんか負けた感はあるけれど、我慢比べじゃないんだし、ニュースでもエアコン使用を推奨しているし。

 

母の認知症が進んでリモコンを使えなくなって(というより、エアコンの存在を忘れて)からしばらくは、スマートリモコンをつないで私が県外の自宅から手動操作をしていたが、エアコン自体が18年経っていて不安があったので、2年ほど前にタイマー設定と遠隔操作が付いた「日立の白くまくん」に買い替えた。

三菱と比較検討した記憶があるが、高機能付きということでそもそもの価格が高く、結局値引き率の高かった日立に決めたように記憶している。

動作音がちょっとうるさいとか、時々アプリにシステム上の不具合が出て遠隔操作できずに困るとかの不満はあるものの、それでも実家の室温管理を担ってくれているので、素直にありがたいと思っている。

(「AIこれっきり」という自動運転にしておけば、常に快適な室温を保つよう調整してくれる)

日中はリビングを、夜間は寝室をタイマー設定で稼働させているけれど、母が日に3回訪問介護のスタッフさんに寝室で着がえを手伝ってもらうので、毎回時間をみながらアプリを使って手動で寝室のエアコンを入れている。

電気代はかかってしまうが、こればかりは必要経費なので仕方がない。

もしトラブルでエアコンが停止していたら大変なので、アプリで室温もこまめにチェックする。

ちなみにエアコン操作に必要なくなったスマートリモコンは、現在テレビのリモコンとして使っている。

毎晩、母を寝室まで誘導する時に私のほうでテレビを切ったり、母が興味を示しそうな番組がある時にチャンネルを変更するのに使っていて、これはこれで非常に便利。

 

 

 

母をみてきて本当に実感しているが、認知症になってからは特に「いい調子をできるだけ保つ」ことがすごく大切になっていると思う。

お腹が空いた、喉が渇いた、眠い、暑い、寒い、便秘をしていてお腹が張っている、なんか気持ち悪くて嫌な感じがする、、、

日常よくあるような違和感や不調だが、理解もできず解決もできない母は、それでもいつものようにリビングで大人しく座っているだけで、はたからみると大きな変化はないようにみえる。

そこで油断していると、あっという間に「認知症の進行」につながってしまうのだ。

だから、環境を整え、体調管理に気を配り、情緒を乱さないようにストレスを与えないように、こちらで常に気遣ってあげるしかない。

気持ちよくニコニコと笑顔で過ごしてもらえるかどうかで、介護のしやすさも全く変わってくる。

気を配らなければいけないことは多々あるけれど、母のためでもあり、介護するこちら側のためでもあるのだ。

見守りカメラを立ち上げたら、母が先程持ってきてもらったお昼のお弁当を食べているところだった。

 

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電話で声かけをしないとなかなか食べ始めないこともあるが、今日は大丈夫みたい。

とりあえず、ちゃんと食べて、しっかり水分をとってほしい。

今年の猛暑を、無事に乗り切ってほしい。

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