認知症の母は、音に敏感だ。
家の中や外で発せられるいろんな音に反応し、その度に「今のなに?」「なんの音?」と聞いてくる。
それはもう、80歳になるとは思えないほどの耳の良さで、私も気がつかないような小さな音まで拾うので、時々びっくりしてしまう。
かすかに救急車のサイレンが聞こえれば、「どっちに向かってる?右?左?」と聞いてくる。
私のスマホから発せられる音にも、毎回毎回「何か鳴った」と反応する。
IHコンロでお湯を沸かす時の、「ジー……」という音にも反応して「なんの音?」と言っていた。
母から聞かれるまで、コンロからそんな音がしていることにも気がつかなかった。
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困るのは、正体不明の音。
ラップ音というか、木が鳴るようなピシッとかパシッとかの音にも反応して「今のは何の音なの?」と聞いてくる。
「いまのは家の木材が~」とか真面目に答えたところですぐに忘れてしまうだろうし、何より面倒くさい。
確かに、注意深く耳をすませば、いろんな音があふれているのがわかる。
家の中だけでも、冷蔵庫のモーターとか、外壁に何かあたるようなコツッという音とか、時計のカチカチ音とか、換気口の音とか、何かしらの音は鳴っているのだけれど、たいていは気に留めなかったり、聞こえてなかったりもする。
脳には、自分が聞きたい情報や必要な情報を、優先して聞き取ってくれる機能があるかららしい。
カクテルパーティー効果とは、カクテルパーティーのような騒がしい場所であっても自分の名前や興味関心がある話題は自然と耳に入ってくるという心理効果です。
音声の選択的聴取や選択的注意とも呼ばれており、イギリスの認知心理学者であるエドワード・コリン・チェリーによって1953年に提唱されました。
認知症になった母の脳は、そういった機能がうまく働かなくなってしまったのだろうか。
そもそも「何かに集中する」「注意を払う」というのは自分の意識をどこに向けるかがわかっていてのことだから、それが難しくなった母は、優先すべき音とそうでない音の区別がわからなくなっているのかも。
そういえば、雷に対しても、以前より怖がるようになった。
近い場所での落雷は私でも恐怖を感じるけれど、明らかに遠くで鳴っているゴロゴロ音にはそう怯えることはない。
以前の母もそうだったはずだ。
最近の母は、かすかなゴロゴロ音にも「嫌だ、怖い」と反応している。
「犬みたいだな」と思ったけれど、それも何か脳の機能が変わったせいだろうか。
「遠くで鳴る雷に、危険はない」ということを忘れてしまったからだろうか。
それはそれで、しんどいことのような気がする。
家族が認知症になるのはつらいことだけれど、認知症になった母本人も、私には理解できない思いを抱えながら過ごしているのかもしれない。