シン・母 遠距離介護日記+

遠方にいる認知症の母の備忘録を中心に、日常のあれやこれやを書いています。

母の認知症の進行をたどるのに、年表をつくってみた

ふと思いついて、年表をつくってみた。

母に認知症の兆しが見えたのは右脚の股関節の手術の前後なのだけど、『あれ?手術って一昨年だっけ?その前だっけ?』となったからだ。

大げさなものではない。

「母の欄」「印象的なできごと」「自分(私)の欄」を時系列に並べただけの簡単なものだ。

 

最初に、メインである母に関する事項を、時系列に書き出した。

右脚の手術に始まり、大学病院での認知症検査、服薬開始、薬の変更、追加、左脚の手術など。

合わせて、当時の認知症の進行具合も書き入れる。

 

母の欄の横に、愛犬の死んだ日、コロナで最初の非常事態宣言が出た時期、家の法事など、私の記憶に残る出来事も記載。

表にした時に、「あ、この頃だったのね」と思い出しやすい。

 

最後の欄には、私自身のこと、この5年間に3回転居しているから、どこに住んでいたのか、仕事の有無なども記入した。

こうしておくと、当時の帰省状況や母との関わり方がわかる。

 

 

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スマホのカレンダーやiPhoneの中の写真、母の通院の記録、薬の明細などから拾い出し、記憶とつなげながら書き出していったら、思ったより時間がかかった。

作業しながら、自分の記憶違いに気がつくことも多かった。

 

出来上がった年表を眺めてみると、母の足の状態の悪化と愛犬の死、コロナ禍がほぼ同時期に重なっている。

最初に非常事態宣言が出てから半年くらいは、私も実家に帰れていない。

電話で話すと、時々冗談のように「冷蔵庫の中が空っぽなの」と笑っていたけれど、足に痛みがあった母は生協の宅配を利用していたし、そう深刻には受け止めていなかった。

今思うと、その頃から異変があって、生協の注文も思うようにできなくなっていたのかもしれない。

こちらから、もっと様子を聞いてあげたらよかったのかな。

この時期のことは、これまでにも何度も思い返しては「認知症の発生原因」なるものを突き止めようとしたけれど、結局、どれだけ考えてみても、元の母に戻るわけではない。

わかってはいるのだけど。

 

もう一つ、私の記憶だと、軽度認知症と言われてから、そう時間を置くことなく認知症の診断が下りて、服薬を始めたように思っていた。

あらためて年表で確認してみたら、軽度認知症認知症の診断まで、9ヵ月という時間があった。

その間も毎月実家に帰って母の様子をみていたはずだけど、正直そのあたりのことはあまり覚えていない。

多少、言動や記憶に不安な面があっても、あまり実生活に困るようなことがなかったからだろうか。

逆に、はっきりと認知症の診断がついてからの1年半は、悩むことも多かったし、一日一日を模索しながら過ごしてきたので、すごく長かったような気がする。

 

こうして年表にしておくと、母の状態の変化がよくわかる。

体重の推移も、記載しておこうかな。

月日が経てば経つほどデータを遡るのに時間がかかるから、早く気がついて良かった。

今後も、追記していくことにする。