シン・母 遠距離介護日記+

遠方にいる認知症の母の備忘録を中心に、日常のあれやこれやを書いています。

駅で迷って途方に暮れる夢をみた

今朝方、5時頃に一度目が覚めた。

まだ眠れる、と目を閉じた後、時間にして1時間足らずだったと思うが、駅で迷う夢をみた。

朝方にみる夢は、鮮明に覚えていることが多い。

 

夢の中の私は、帰省のために黒い大きなカバンを持って、東京駅から新幹線に乗り込んだ。

外観も内装も、思い返すと全く新幹線とは異なる乗り物なのだが、私の中ではその列車は「新幹線」という認識になっている。

座席に向かおうとするが、扉がどうしても開かない。

扉は手動で、力を込めてもガタガタいうばかりで少しも動かない。

すりガラスになっていて、向こうには人の気配がしているのだが、誰も私には気がつかないようだ。

私の後ろには親子連れがいるのだが、室内の座席に座るつもりはないのか、扉を開けるのに四苦八苦している私のことも気に留める様子はなく、おしゃべりしていた。

一向に扉を開けられない私を訝しく思っているのではと、気が気ではない。

 

どうして開かないんだろうと焦っているうちに出発したのだが、そのうち帰省の日付を1日間違えていることに気がついた。

慌てて、次の停車駅で飛び降りた。

そこがどこなのかを確認する余裕もなく降り立ったが、私の感覚では東京からそう遠い場所ではない、と思っている。

 

改札を出るとホールのような場所があり、2階へのびる長いエスカレーターが3か所。

なんとなく見覚えのある風景のような気がして、以前夫と来たことがある場所なんじゃないかと思った。

居酒屋とかお店は何店舗かあって人は大勢いるのだが、駅員さんらしき姿はみえず、案内板も見当たらない。

見当たらないというより、案内表示はあるのだが、よくわからないのだ。

とりあえず早く東京に引き返したいので、3か所のうちのひとつの階段をのぼってみた。

階段を上ると建物から一旦外に出るようになっていて、そこから再び階段を下るようになっている。

長い階段で下のほうがちょっと見えにくくなっているが、降りた先がホームになっているのかもしれないと思った。

途中まで下りて気がついた。

上からは見えないのだが、途中で階段は途絶えて、そこからは垂直の崖のようになっている。

下をのぞいても公園のような広場があるだけで、ホームはみえない。

ガッカリして、今降りてきた長い階段を再びのぼる。

 

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再び駅の建物に戻るが、次にどこに向かえば目的のホームにたどり着けるのかがわからない。

まわりの人に聞こうかととも考えたが、「以前来たことがある」「見覚えがある」と思っているので、聞かなくてもわかるような気にもなっている。

その後もウロウロするが一向にホームらしきものが出てこないので、いよいよ自分が迷ってしまっていることに気がついて、非常に心細い気持ちになってくる。

まわりの人達は普通に談笑したり、行き交ったりしているのに、自分だけが取り残されて異質な存在に思えてくる。

夫に連絡したいのだが気持ちばかりが焦って、心の中で夫の名前を連呼しているだけで、どうしていいのか分からない。

とにかく早く家に帰らなければ……と焦っているところで目が覚めた。

 

目が覚めた時、それが夢だったことに心底安堵した。

あまりに鮮明な夢だったので、横になって目を閉じたまま、たった今自分が置かれていた状況を反芻する。

 

これはまさに、認知症になって道に迷ってしまった時の状態と同じではないか。

どこか見知った風景で、自分では目的地にたどり着けそうな気がするのに一向にたどり着けない。

案内板もあるのに、それが何を示しているものなのか頭に入ってこない。

 

前日の番、母の認知症の進行を憂いながら眠りについたせいかもしれない。

自分自身の不安な気持ちが、夢に現れたのかもしれない。

 

夢の中で途方にくれている自分の姿と、母の姿が重なった。

母を迷子には絶対しちゃいけないな、と心底思った。

 

 

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