シン・母 遠距離介護日記+

遠方にいる認知症の母の備忘録を中心に、日常のあれやこれやを書いています。

遠距離介護と家庭の両立 あちらを立てればこちらが立たず 

あちらを立てればこちらが立たず。

 

私の場合、認知症の母と夫が「あちら」と「こちら」。

母の遠距離介護と夫との暮らし、その両立は簡単ではない。

母の認知症が進むにつれて、私が帰省して、フォローしなければいけないことが増えてきた。

 

遠距離の移動には、時間もお金もかかる。

こまめに往復するわけにはいかないので、1回あたりの帰省の日数は多くなる。

私の不在中は当然夫の負担が増えるわけで、夫の理解なしに、遠距離介護は成り立たない。

 

この2年半は、夫の理解と協力もあって、2人の暮らしと母の介護、どうにかバランスをとりながらやってこれた。

半年前からは介護サービスの利用も始めて、母が1人で過ごす間のフォローをある程度お願いできるようになった。

本当に感謝しかない。

 

帰省の予定は、母の病院の予約と実家の町内のごみ当番に合わせて立てる。

私が行けないからパス……というわけにもいかないので、実家(母)の用事が優先になってしまう。

母の認知症は想定外だったし、夫には申し訳ないなと思う。

母の介護にかかるアレコレが、2人の暮らしを侵食し過ぎないように注意しなければならない。

夫の状況や気持ちだって、最重要事項だ。

 

これが期間限定のことならば、思い切り母を優先することもできる。

でも、母の介護は先が見えないので、毎回、母と夫、両方にかけるバランスをみながら調整するしかない。

 

そのバランスが、ちょっとしたことで崩れることがある。

突発的な何かが起こったり、どちらかの体調に異変があったり。

片道5時間の距離は、気持ちだけでは埋まらないことも当然あって、私の身体が1つしかない以上、優先順位をつけなくてはいけない。

綿密に立てたつもりのスケジュールを、変更するべきかどうか悩んだりする。

 

優先順位をつける。

それ自体は、仕方のないことだと思う。

でも時々、その判断を誤ってしまうことがある。

たいていの場合、私が状況をよく把握していなかったり、楽観的に考えていたり、甘えがあったりして、その判断をとても無頓着に行ってしまう時だ。

母と夫、2人の状況や気持ちを考えるより、無意識に、自分が一番楽な方法をとってしまっていることが多い。

 

「一生懸命やっているのだから」

「あれもこれも、忙しいのだから仕方がない」

「きっと大丈夫、大丈夫」

 

そう思っている時ほど、実はあまり大丈夫じゃない。

周りが見えていなかったりする。

問題ないと思っているのは自分だけで、実は、いろんな何かをちょっとずつ犠牲にしながら成り立っていることを忘れてしまっている。

 

自分だけが頑張っていて、自分だけがかわいそう、とは思っていない。

でも、無意識に自己中心になってしまっていることに、時々気づかされる。

自分のことにはすごく敏感なわりに、まわりの気持ちに鈍感だったりする。

 

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ちょっとしたことなのだ。

ちょっとした、気遣い。思いやり。

相手をちゃんとみること。

目の前のことしか見えなくなると、見えていない部分のことは、その輪郭がぼやけてしまう。

 

昔おもちゃであった、やじろべえのようなものだ。

片方の重さが変われば、すぐに引っ張られて落ちてしまう。

共倒れだ。

どちらかの重さが変わったら、自分の立ち位置で調整するしかない。

常に、バランスをとり続けていくしかないのだ。

 

母の存在は、重い。

認知症が進んでいけば、さらに重くなっていく。

夫の存在だって重い。

大切な家族だから、当たり前だ。

 

どちらに引っ張られるかは、日々分からない。

少々のことで揺らがない、対応力が欲しい。